みなさんへNo58 −煤竹にまつわるご縁の話−

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煤竹(すすだけ)という竹をご存知ですか?
今回は、僕と煤竹にまつわるご縁の話をしたいと思います。
煤竹とは、真竹、孟宗竹といった竹の種類のことではなく、藁ぶき屋根の伝統的な日本家屋の天井で100年以上にわたり囲炉裏の煙に燻された竹のことで、ミルクチョコレートのような光沢のある茶色に色づいたとても美しく貴重な竹です。

僕は、今から7年前の2014年の春、帰省していた実家で、父が古い藁ぶき屋根の家の解体を手伝ったときに分けてもらったという、1.2mくらいにカットされた5本ほどの煤竹の束を見て、一瞬でその美しさに引き込まれました。そして、僕が持っている、のこぎりやナイフ、やすりなどを使って、切ったり、割ったり、削ったり、磨いたりという手仕事で作れるシンプルな道具を作ってみたいと思い、その場で父と一緒に、花入れを作りました。

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その日から3年ほどたった2017年、本屋の雑誌コーナーで立ち読みをしていた僕の目に、煤竹を使って作れそうな、シンプルな生活道具が飛び込んできました。料理の写真に写っていたその道具は、竹の「箸」でした。節を箸の上部に残したとても味わい深いデザインの箸で、花入れを作った時のような、作ってみたいという欲求が一気に膨らんできたんです。
竹の節を箸の上部に残し、ナイフでひたすら削り、サンドペーパで削った断面を滑らかに磨いて、僕は試作第1号の箸を作りました。濃い茶色に光るその箸を、僕はそれなりに気に入り、晩酌の時にはその箸を使っていました。
そして翌年2018年に、僕と煤竹にまつわる環境が大きく変化することになります。その年の秋、大好きなNHKの番組「美の壷」で箸の特集があり、その放送で煤竹の箸が紹介されたのです。画面の向こうにある煤竹の箸は、僕が今まで見た箸の中で一番美しく洗練されている箸で、僕はその番組を録画して、繰り返し何度も観て、箸を目に焼き付けました。
そして、使っていた煤竹の箸を、画面の向こうの煤竹の箸をお手本にして、再度削ったり、磨いたりとメンテナンスをしました。全く美しさが足りていなかったんです。
そうこうしているうちに冬が来て、12月の半ばに差し掛かったころ、僕と同じフロアで一緒に仕事をしていた執行役員さんが退職されると知り、みんなで何か贈り物をしようということになりました。その方の片腕として働いていた女性と相談して、奥さんとセットのお箸にしようということになりました。
その日、僕は会社を夜7時半ごろ出て、阪急百貨店に箸を見に行きました。
—「夫婦箸」というと、やっぱり漆塗りのちょっと高級なお箸がいいよなぁ—
—いやいや、一番いいのは、あの「美の壷」で観た煤竹のお箸なんだよなぁ…そういえば、箸ばっかり観てて、あの箸がどこで誰が作ってるのか全く覚えてないなぁ…どうやったらあの箸買えるんやろ?—
ああでもない、こうでもないと頭の中でぐるぐる思考が回りながら、僕は阪急百貨店まで歩き、日用品売り場の箸のコーナーを見て回りました。

檜のお箸、杉のお箸、漆塗りのお箸など、一膳でうん千円というお箸はいくらでもありますが、僕の頭の中には究極の箸がインプットされているため、どれもこれも「なるほどね」というくらいにしか思えませんでした。
箸のコーナーのチェックを終え、フロア全体を見て回るべく、きょろきょろしながら歩いていると、輪島塗のお椀の横に同じ輪島塗のお箸が添えられていたり、白磁の飯碗に合わせてお箸がおしゃれに置かれていたりします。さすがに見せ方が上手やなぁと感心していると、通路の10mほど先のワゴンに茶色の箸が並べられているのが目に入り、僕は、「あれ?」と思いました。そして歩くスピードが少しずつ速くなり、最後には駆け足になり、ワゴンの前で僕は「なんやねーん!」と大きな声を出しました。
そのワゴンには、僕が「美の壷」で観た煤竹のお箸がたくさん並んでいたのです。
そして、立ちすくむ僕の横に、その箸を作った箸職人の若槻和宏さんがニコニコ笑顔で立っておられたのです。
僕は若槻さんに、「こっ、このお箸、ぼっ僕、びっ、美の壷で観ました!」そう言うと、「うゎあ嬉しいなぁ、観てくださったんですか」と、美の壷でお箸が紹介されているところを写した写真を指さしながらおっしゃいました。
どうですか?奇跡ですよね。僕が箸という箸の中で、一番美しく洗練されていると思っている、たまたまNHKの番組で見かけただけの、どこで誰が作っているかも全く知らない煤竹のお箸に、贈答用のお箸をたまたま見に行った百貨店でいきなり出会えたんですから。
これを奇跡と言わず、何を奇跡というのでしょう?
この煤竹のお箸は、「百年煤竹箸」という名で、島根県の奥出雲地方で、箸職人の若槻和宏さんが一つ一つ丁寧に手作りされているお箸なのでした。
その日僕は、閉店ギリギリまで、若槻さんからいろんなお話を伺いました。
元々は算盤の球を通す軸に煤竹が使われていたこと、算盤の需要減による、煤竹を使った新しい商品開発の苦労話や、美の壷の撮影秘話など、貯めになるお話をたくさん。
そして次の週末、僕は「百年煤竹箸」の夫婦箸を購入し、仕事納めの日にその執行役員さんにお渡ししました。良い贈り物ができたと、今でも思っています。
若槻さんとは、その後も京都や大阪に出店されるたびにお会いして、いろんな質問をしたり、僕の作った箸を見てもらったりしています。なんと、若槻さんとは同じ歳なんです。

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(若槻さんから購入した煤竹の靴べら)
この奇跡的なご縁が、僕の道具好きに拍車をかけたのは言うまでもありません。
使えれば何でもいい、というのが僕はちょっと苦手です。値段は関係なく、たとえ百均の道具であっても、その道具を気に入ったら、とことん拘って使い続けたいと思ってしまいます。
このご縁の後、僕は煤竹のお箸を十膳ほど作り、出来の良いものは両親や家族にプレゼントしました。

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そんな感じだから、本屋さんで、日常使いの道具を紹介した本などを見つけると、ついつい買って帰ったりするんですよね。

暮らしと器 〜日々の暮らしに大切なこと〜
山口泰子:著 六耀社
うちの器
高橋みどり:著 メディアファクトリー
百年煤竹箸 https://susudake-okuizumo.jimdofree.com/