みなさんへNo63 −おじいさんとおばあさんの紫陽花−

梅雨が明けましたね。まだ7月になったばかりだというのに。
この季節、街を歩いていると、いろんなお家の玄関先で見かける花があります。そう、紫陽花の花。
うちの家の小さな裏庭にも紫陽花があって、薄紫の花を3輪つけてくれています。
うちの紫陽花は、あるお家の紫陽花を、お家の方の許可を得ることができないまま、切って持って帰ったもので、どうしても自分で育てたかった紫陽花なんです。
僕は、持って帰った紫陽花を一輪挿しに生け、根が出るのを待って、庭に植えました。
紫陽花はとても強い植物で、挿木をすることで比較的簡単に増やすことができます。根付くまでの面倒はきちんと見てあげる必要がありますが、根付いてしまえばそれほど手がかからない植物で、翌年にはきれいな花を咲かせてくれます。
僕が、なぜそんなことをしたのか?その経緯(いきさつ)について、僕と庭の紫陽花のお話に、ちょっとお付き合いください。f:id:fujimako0629:20220703171356j:image

出勤のために朝、家から歩いて最寄りの駅に行く途中に、ご高齢のご夫妻が二人で住んでおられるお家がありました。
そのお家が気になり始めたのは7年くらい前でしょうか。僕には、とても仲むつまじいご夫婦に見えました。お二人とも80歳前後だったと思います。
歩いてお家の前を通るときとき、よくお二人の姿を見かけました。見かけるときは、必ずお二人の姿を垣根越しに見る事ができました。
ご主人であるおじいさんが、庭のお手入れをされているときには、奥さんであるおばあさんは、お庭に面したお部屋の窓を開け、そこに腰かけておじいさんを優しく見守っておられるんです。
お子さんは皆独立され、二人でつつましく丁寧に生活されているご夫婦…僕は、お二人を見て、そんなほほえましい想像をしました。将来は、僕もあんな風に年を取りたいなぁっと思いながら、お家の前を通っていたものです。
そのお家のお庭の片隅には、紫陽花が植えてありました。
その紫陽花は、毎年梅雨の季節になると、きれいな花をたくさんつけました。
今は、少し勉強したからわかるのですが、紫陽花の花を毎年たくさん咲かせるのは、剪定の時期や方法などをきちんと知っていなければできないことなので、おじいさんは、ちゃんと紫陽花のお手入れの仕方が分かっていて、毎年、見ず知らずの僕の目まで楽しませてくれていたんですね。ありがたいことです。

そんな、仲睦まじいご夫婦ですが、5年くらい前から、おじいさんの姿を見かけなくなりました。
お庭でお見掛けするのは、おばあさんの姿だけ。僕は、お家の前を通るたびにおじいさんを探しましたが、おじいさんの姿はどこにもありませんでした。
施設か病院に入られたのか?それとも…僕は、悲しい想像をしました。
おじいさんの姿を見かけなくなってから1年ほど経って、おばあさんの姿も見かけなくなったことに気付きました。僕は、おじいさんを見かけなくなった時と同じ悲しい想像をしながら、お家の前を平日の朝晩通り続けましたが、気が付いて以降、朝、おばあさんの姿を見かけることも、夜、お家に明かりがついていることも一度もありませんでした。
そんな日々を過ごして迎えた月曜日の朝、僕はお家の変化に気づきました。お家の雨戸が閉まっていたのです。
それからしばらくすると、お家のガレージに、頻繁に他府県ナンバーの車が止まるようになりました。平日の朝晩しか知らない僕にとって、今までほとんどなかったことです。
きっと、おじいさんとおばあさんの遠くの街に住むお子さんたちが、この家の整理に来られているんだなぁ、このお家から、おじいさんとおばあさんの思い出がなくなってしまうんだなぁと、僕は少しさびしくなりました。
綺麗だったお庭も、主がいなくなると少しずつ荒れていきました。美しく生き生きとしていた紫陽花も、終わった花が茶色く垂れ下がり、みすぼらしく見えるようになりました。
そして数か月後、また紫陽花の季節になった時、突然お家が壊されました。夜、お家の前を通った時、お家の敷地に重機が入り、お家の半分がなくなっていたんです。
僕は、暗い道に立ちすくんで、その変わり果てたお家の姿を呆然と見つめました。
次の日の夜には、お家はなくなり、瓦礫になりました。庭もぐちゃぐちゃになりました。植えてあった木も根こそぎ切り刻まれていました。垣根もなくなり、2日前までそこにあったこじんまりした丁寧な生活の歴史が刻まれたお家の面影は全くなくなりました…いいえ、そのお家があった土地の片隅に、小さな面影が一つだけ残っていました。
紫陽花です。紫陽花はまだ抜かれずに残っていました。作業者の方に踏まれたり、作業中にいろんなものがぶつかり、枝が折れたり、とても傷ついていましたが、いくつか咲いていた花はまだ空に向かっていました。
僕は、持っていたハサミで、花がついている茎を切って、急いで家に帰り、一輪挿しに生けました。
次の日の夜には紫陽花も抜かれ、数日後には、おじいさんとおばあさんのお家があった土地はきれいにならされ、ただの平らな土地になりました。

これが僕と庭の紫陽花のお話です。いえ、おじいさんとおばあさんの紫陽花のお話です。

3年前植えたおじいさんとおばあさんの紫陽花は、おじいさんとおばあさんのお家にあった時のような美しい枝ぶりの紫陽花ではありません。でもうちの小さな庭で命が続いていることに、僕はとても安堵していますし、あの日汗だくで持って帰ってよかったなぁと思っています。持って帰った時についていた花は、いい感じのドライフラワーにすることに成功
し、今でも僕の部屋にあります。そして…おじいさんとおばあさんのお家があった場所は今、駐車場になっていて、その違和感が少しずつ小さくなっていく僕がいます。

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