みなさんへ No.25 −この地面は僕たちのものじゃない− 2018.07.31

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> 僕が小学生の頃の夏休みの普通の1日はこんな感じだ。
> 朝は6時に起きる。
> 6時20分ごろ首からカードをぶら下げて、近所の農協の駐車
> 場までラジオ体操をしに行く。
> カードにハンコを貰って家に帰り朝食をとって、7時半過ぎ
> に祖父と両親が仕事に出かけると、そこからは僕ら兄弟3人
> と祖母の4人になる。
> 「涼しいうちに宿題をしなせー」と祖母にお尻を叩かれなが
> ら、宿題をしたり、テレビを観たり、近所の神社にセミを取
> りに行ったりして、お昼まで過ごす。
> お昼ご飯を食べて、午後1時になったら海水パンツに着替え
> て、走れば1分ほどの家の前の川で、近所の子供10人くら
> いで2時間ほど川遊びをする。
> 白い石を投げて2、3人で取り合ったり、小さな魚を捕まえ
> たり。
> 5、6年生になると、30メートルくらいある向こう岸まで
> 泳いでいくのに挑戦したりするんだけれど、途中の水深は5
> メートルくらいになるので、相当泳ぎに自信がない限り怖く
> て行けない。高学年の浮き輪での向こう岸はルール違反だ。
>
> 午後3時ごろ川から上がり、家で1時間ほどゴロゴロ昼寝を
> し、夕方の4時頃から男友達4,5人でクワガタやカブトム
> シを探しに山に行ったり、田んぼの周りの水路で水カマキリ
> などの水生昆虫やドジョウを捕まえたり。
>
> 6時ごろ両親が仕事から帰ってくると、父親に頼んで釣りの
> 準備をし、川の流れが速い浅瀬での小魚釣りに連れて行って
> もらう。
> 糸の先に毛ばりが4つほど付いたものを川の流れに沿って流
> せば、ウグイやオイカワなどの小魚が食いつき、父子で20
> 匹前後釣って7時ごろ家に帰る。
> 父親が魚の処理をして竹串にさし、お風呂を焚いたまきの残
> りでその魚を焼く。
> 母と祖母は台所で夕食の準備、祖父や僕ら子供は家の周りの
> 植物への水やり…
> 山から聞こえてくるヒグラシの鳴き声…
> 今でも思い出す、平和な夏の夕暮れの風景。
>
> その後夕食を家族7人で食べる。父親と祖父の酒の肴はま
> さにさっき釣ってきた小魚だ。
> 焼いて2日ほど軒下で乾燥させたものをさらに焙って、醤
> 油を垂らして頭からかぶりつく。僕ら子供たちも分けても
> らうが、苦くて骨っぽくてさほどおいしいとは思わなかっ
> た。
> そのほかにも祖父母が作った季節の野菜が食卓に並ぶ。夏
> はキュウリの酢の物だったり、焼きナスだったり。
> そして10時までには布団に入る。
>
> これが普通の夏休みの1日。
> 1日の生活の中で川や水路といかに密接に関わっているか分
> かってもらえると思う。
>
> 7月初旬に降った西日本の豪雨で、僕が生まれ育った岡山県
> の小さな集落にも恐ろしいほどの雨が降り、生活するうえで
> 欠かせない川や水路が氾濫した。そしてその集落の大部分の
> 家の床下、床上まで茶色く濁った水が押し寄せた。どう表現
> していいのかよく分からないんだけど、実家の母屋はギリギ
> リで浸水を免れた。
> 年に2、3度実家に帰った時、いつも笑顔で迎えてくれる近
> 所のおじさん、おばさんのことを思うと胸が痛む。
> そしてうちの家から約30キロほど南に、倉敷市真備町
> いう町がある…
> 7月26日現在で岡山県だけで61人の方が亡くなっている。
> うちの集落からは亡くなった方はいなかったけれど、この度
> の災害について、どう心を整理したらいいのか、僕はまだわ
> からないでいる。
>
> 日々の生活に、たくさんの恩恵を与えてくれる身近な川、お
> 米づくりには欠かせない水路、そういう大切なものが、「短
> 期間に降る大雨」という自然現象で氾濫する。50年近く起
> こらなかった悲惨なことが起こってしまう。
> この事実をどこにぶつけたらいいのだろう?この切なくてや
> るせない事実を…
> 2011年に東北を飲み込んだ津波で、大切な家族や家や船を失
> った漁師さんは、どうやって前を向いたのだろう?今までの
> 幸せな暮らしをもたらしたのも、その幸せを一瞬にして押し
> 流してしまったのも、まさに海なのだ。
>
> うだうだ言っていても仕方がない。自然をコントロールする
> ことなんてできない。自然とともにこれからも生きていくし
> かない。
> 分かってるんだけど…
>
> 直木賞作家の水上勉が1978年に発表した「土を喰う日々
> とう随筆がある。
> 子供のころに禅寺に修行に出されたときに覚えた精進料理を、
> 筆者自ら育てた季節の野菜を使って作る日々を綴ったものだ。
>
> 僕のいなかの人たちも同じように、自分で作った野菜を中心
> とした地元の食材をメインに日々の食事を賄っている。地に
> 足をつけて、つつましく生きている。
>
> 自然の恵み、自然の脅威…地球は(話が大きすぎる)、今ま
> さに僕たちが立っているこの地面は、僕たちのものではな
> いということを、忘れてはいけない。
>
> 僕の実家のことを案じ、お声がけいただいた皆様、本当にあ
> りがとうございました。
>
> 「土を喰う日々
>  水上勉(著) 新潮文庫
>
>
> このメールは、係長さん以下の役職者の方にお送りしていま
> す。